妙喜庵・水無瀬神宮
みょうきあん・みなせじんぐう
京都府 乙訓郡大山崎町
京都府の国宝・文化財を巡るモデルコース。大山崎町にある臨済宗東福寺派の寺院、妙喜庵。室町時代の創建で、連歌の祖である山崎宗鑑が住んだ場所とも伝わります。ここにあるのが国宝の茶室「待庵」。現存する日本最古の茶室建築であり、千利休が作ったことが確実な、ただひとつの茶室です。わずか二畳の茶室で、土壁の隅を丸く塗り回した室床、にじり口、下地窓と、利休が到達した草庵茶室の要素がすべてここに揃っています。豊臣秀吉の山崎の陣中に建てられたものを移築したと伝わります。二畳という極限まで切り詰めた空間が、かえって広く感じられるという不思議さは、実際に前に立ってみないとわかりません。見学には事前の申し込みが必要です。書院も重要文化財。あわせて大阪府に入ったところにある水無瀬神宮を訪ねます。後鳥羽上皇ゆかりの社で、国宝の宸翰と肖像を伝えます。JR山崎駅または阪急大山崎駅から徒歩すぐ。妙喜庵は駅の目の前です。水無瀬神宮までは1.5kmほど。天王山の中腹には大山崎山荘美術館もあり、あわせて訪ねられます。
国宝・文化財を巡るモデルコース
まず妙喜庵で茶室(待庵)[国宝]を見学します。事前の申し込みが必要ですので、必ず手続きをしてから訪ねましょう。にじり口の低さ、室床の隅の丸み、下地窓から入る光の按配と、二畳の空間を成立させている工夫をひとつずつ確かめていきたいところ。書院[重文]もあわせて見学できます。その後は大阪府に入って水無瀬神宮へ向かいます。後鳥羽上皇の水無瀬離宮があった場所で、拝殿の隣に客殿[重文]が見られます。茶室[重文]の見学は事前申し込みが必要です。神庫には後鳥羽天皇像[国宝]、後鳥羽天皇宸翰御手印置文[国宝]がありますが、通常は公開されていません。境内には名水百選の「離宮の水」が湧いており、汲むことができます。所要は2時間ほど。待庵の見学は人数と時間が限られ、内部に入ることはできず、外から覗く形での拝見となります。それでも二畳の空間の密度は十分に伝わってきます。
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JR 山崎駅
徒歩1分 -
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妙喜庵
国宝の茶室はにじり口からの見学のみで、内部へは入れません。千利休の作と確実に伝わる唯一の茶室、待庵です。また、高校生以上でないと申し込めませんので注意してください。重要文化財の書院もあわせて見学できます。
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国宝建造物妙喜庵書院及び茶室(待庵)茶室(待庵)
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重文建造物妙喜庵書院及び茶室(待庵)書院
徒歩17分 -
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水無瀬神宮 客殿
桃山末期の建築で、重要文化財に指定されています。後鳥羽上皇の水無瀬離宮があった場所で、拝殿の隣に立っています。神庫には国宝の後鳥羽天皇像、後鳥羽天皇宸翰御手印置文がありますが、通常は公開されていません。
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重文建造物水無瀬神宮客殿
徒歩1分 -
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水無瀬神宮 茶室
客殿の裏の庭園のなか、重要文化財の茶室「燈心亭」があります。天井に葦や竹を用いた数寄屋風の茶室で、後水尾天皇から下賜されたと伝わります。見学は事前申し込みが必要ですので、手続きをしてから訪ねましょう。
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重文建造物水無瀬神宮茶室
徒歩1分 -
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水無瀬神宮 神庫
宝物を収めていますが、一般公開されていません。国宝の後鳥羽天皇像、後鳥羽天皇宸翰御手印置文が納められています。置文は後鳥羽上皇が手形を押した文書で、承久の乱の後に配流先から送られたものです。境内から外観を眺めましょう。
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国宝絵画紙本著色後鳥羽天皇像伝藤原信実筆
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国宝古文書後鳥羽天皇宸翰御手印置文暦仁二年二月九日
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重文古文書後鳥羽院宸翰御消息九月廿三日
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重文古文書紙本墨書後村上天皇宸翰御願文
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重文古文書後鳥羽院御置文案文(嘉禎三年八月廿五日)
徒歩14分 -
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S
JR 島本駅
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施設データ
妙喜庵
| かな | みょうきあん |
|---|---|
| 住所 | 京都府乙訓郡大山崎町大山崎龍光56 |
| 電話 | 075-956-0103 |
| 営業 | 要予約、日曜の午前のみ |
| 料金 | 1,000円~ |
| 交通 | JR京都線 山崎駅から徒歩すぐ |
| 参照 | 公式 |
水無瀬神宮
| かな | みなせじんぐう |
|---|---|
| 住所 | 大阪府三島郡島本町広瀬3-10-24 |
| 電話 | 075-961-0078 |
| 営業 | 見学自由 |
| 料金 | 無料 |
| 交通 | JR京都線 島本駅から徒歩15分 |
| 参照 | 公式 |